胃腸薬などに含まれる「シメチジン」という成分が、大腸がんの抑制に関係するかも知れないという期待が広がっています。 そこで、どうしてシメチジンが大腸がんの改善に働く可能性があるのか、またシメチジンとがん細胞の増殖メカニズムとの関係などについて、総合的に考えていきましょう。
シメチジンは胃酸の分泌を抑える成分として胃薬にも含まれており、世界で最初に発売された「ヒスタミンH2受容体拮抗剤(H2ブロッカー)」としても知られています。
1980年代に入るとシメチジンは日本でも発売され、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、上部消化管出血などの治療薬として大勢の患者を助けてきました。そしてまた1980年代の後半には、デンマーク人医師により「シメチジンが胃がん患者に対する延命効果を有している」という報告もなされました。
さらに、シメチジンは胃がん同様に大腸がんや悪性黒色腫(メラノーマ)に対しても効果があるという研究報告もあり、がんとシメチジンの関係については世界中で研究が続けられています。
ヒスタミンが花粉症などのアレルギー症状に関係する物質であることは有名です。しかし実はその他にも、ヒスタミンには様々な働きがあります。 例えば、胃酸の分泌を促す作用や、免疫反応に影響を及ぼす作用なども、ヒスタミンが持つ重要な働きの一部です。胃酸は摂取した食べ物を消化し、体内に入ったばい菌を殺すものとして重要ですが、一方で胃酸が多すぎると胃炎や胃潰瘍、逆流性食道炎を引き起こします。その為、市販されている胃薬には、シメチジンのようにヒスタミンの働きを阻害して、胃酸の分泌量を減らす成分を配合されたものも少なくありません。
さらに、このヒスタミンには、免疫系物質としてがん細胞と深い関係にあるサイトカイン(抗腫瘍性サイトカイン)の発現を抑制し、
また生体内のがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞(NK細胞)や樹状細胞・T細胞の働きを妨げる作用があるともされています。言い換えれば、ヒスタミンには「腫瘍細胞を増殖させる働きがある」とも言えるでしょう。 シメチジンの持つ抗腫瘍効果は、抗ヒスタミン薬として「ヒスタミンの働きを阻害する」ことで、間接的に「がんの増殖を抑える」ことが理由と考えられています。がん細胞の厄介な点は、発生した部位だけでなく他の組織へ転移することですが、がん転移が完了するには血液中に流れ出たがん細胞が他の組織へ“接着”する必要があります。 「E-セレクチン」は「がん細胞に対する接着剤(接着因子)」です。つまり、E-セレクチンが活性化することにより、がん細胞の接着も促進される為、E-セレクチンの増加はがん転移のリスクを高めると言えるでしょう(易転移環境)。 一方、臨床研究により、シメチジンはE-セレクチンの作用を抑制すると示唆されています。このことから、シメチジンには間接的にがん細胞の転移を抑制する効果があるとも期待されています。
シメチジンを試験管内のがん細胞へ直接に投与しても、その増殖を抑えることは難しいという報告がされています。
つまり、シメチジンをいかにも「がんへの特効薬」のように過信することは危険です。
シメチジンは一般に副作用が少ないとされていますが、便秘や下痢を招くリスクも指摘されています。また、シメチジンは特に肝障害を持つ患者に対して重篤な副作用を引き起こす可能性があり、大腸がんへの治療法としてシメチジンを取り入れたい場合は、事前に医師へ相談することが肝要です。
[※1] 永野哲郎,他(1996)「シメチジンが有効であったと思われる腎細胞癌肺転移の2例」
[※2] 高橋浩二(2002)「マウス大腸癌腫瘍モデルを用いたヒスタミンの腫瘍増殖調節作用の研究(Abstract_要旨)」
[※3] 川瀬仁,他(2010)「癌化学療法によるE-セレクチンの発現亢進とシメチジンの抑制効果」